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【本当は怖い話】寄せメイクの終点――視聴者はいつも「2」

リングライトの円が黒目に二つ映る。私は寄せメイクの配信者だ。テロップに「今夜は“某アイドル風”」。ざわちんさんのように、骨格を読み替えて似せていくのがウリ。下地、コントゥア、ノーズシャドウ。視聴者は「なぞる手元」を見に来る。

目次

1.“反転”の助言

配信を開始すると、画面上に赤い帯がにじむ。「LIVE」。視聴者数は2から始まる。いつも最初は2。スキンケアを終え、額にテーピングをひと筋。チャットが流れる。

『骨格、似てる』『今日は左から入れて』『鏡はオフにして』

鏡をオフ? 私は前面カメラのミラー反転を解除する。顔の左右が現実どおりになる瞬間、三面鏡の中央の私だけ、まばたきが半拍遅れた。

2.半顔の境界

#半顔メイク の手順で右半分から入る。カットクリースを描き、二重線を深く、涙袋ライナーを薄く。鏡の中の私は、左から描いている。左右が噛み合わないのに、完成像は同じ顔に近づくのが不思議だった。

粉を払うたび、三面鏡の端で粉が先に宙へ散る。私のブラシが空気を切るちょうど前、わずかに。

3.“寄せ先”が私を選ぶ

今夜の寄せ先のスクショを横に置く。輪郭を詰め、鼻柱を細く、上唇の山を作る。チャットが熱を帯びる。

『完成形、もう出てる』『口角、あと1ミリ』『左目、笑ってる』

私は笑っていない。三面鏡の中で、寄せ先の笑い方が先に走った。カメラ越しの自分と鏡越しの自分が、別々のテンポを持ち始める。

4.コメントが指示に変わる

ファンデーションを境界にかけ、左右を馴染ませる。画面下に固定コメントが浮いた。

『上下を反転』『ライトを1段オレンジへ』『首筋の陰を深く』

ライトを温かい色に落とすと、部屋ごとオレンジになる。スマホの黒縁だけが夜の色を保ったまま、私はそこに“出入り口”があると直感した。

色温度は、扉になる。

5.半拍遅れの手

仕上げの影を頬に入れる。私の手が頬骨に触れる前、画面の中の手が先に影を置く。観客の“2”は増えない。最初の2が、ずっと残る。

『ここからは音を切って』『鏡、伏せる』『口角を寄せ先へ』

音を切る。部屋が静かになると、粉の落ちる音だけが低く響く。私は鏡を伏せ、画面だけを見る。そこにいる私は、寄せ先に寄りすぎて、見覚えがあるのに、誰でもない。

6.完成(未完)

いつもの締めで「完成です」と言いかけ、言葉が途切れた。息が合わない。画面の私が先に顎を引き、私は遅れて同じ角度に落ちる。寄せ先の顔は出来上がっている。私はまだ途中だ。

チャットに短い指示が落ちた。

『その顔で、あなたをやって』

寄せ先の顔で、私を寄せる。輪郭を戻し、眉を私の形に。だけど戻らない。寄せ先に寄せた皮膚が、私の骨格に居座る感覚。私は私を真似して、少しずれた私になる。

7.視聴者「2」の意味

視聴者は2。私と、寄せ先。あるいは、画面の私と、この部屋の私。最初の二人分の枠は、配信が終わっても閉じない。終わらせなければならないのに、終わらない配信の気配が部屋に残る。

8.乗っ取りの作法

終わらせるために、私は逆をやった。反転を戻し、ライトを白に戻し、首筋の陰を浅くした。鏡をまた立てる。三面鏡の中央に立つ私に、両脇の“私”が半拍遅れて追いつく。私はクレンジングをたっぷり手に取り、額から滑らせた。

落ちない。ファンデの膜の下に、別の輪郭がある。コットンが二重に滑る感触。画面の私は、先に落とし終えて、素顔に戻っている。私だけが落とせない。

9.私が寄せられる

気づく。寄せていたのは私ではない。寄せられていたのが私だ。メイクで輪郭を「作る」たび、作られた輪郭がこちらを選んで寄ってくる。私は寄せ先の借り物の顔で、私に戻ろうとして、借り物のまま固定される。

視聴者は2。私と、私に寄ってきた顔。コメントが最後に一行だけ流れた。

『完成。あなたで。』

10.終わらない“素顔”

配信を切り、ライトを消す。暗い部屋でスマホだけが赤く光り、「LIVE」の赤帯が薄く残ったまま滲む。視聴者は2のまま。私は鏡の前に座り直し、素顔の練習をする。寄せ先のままの素顔で。

化粧は落ちる。けれど、寄せられた輪郭は落ちない。私は明日も配信する。タイトルは「素顔メイク」。寄せ先は書かない。もう、書く必要がないから。

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