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本当は怖い話:個室13番

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1. 深夜のクレーム

午前2時すぎ。チェーン系ネットカフェ「ミッドナイト渋谷東口店」のナイトシフトを任されて三か月、アルバイトの高梨は、巡回チェック表にスタンプを押していた。カウンター周りは静かで、店内BGMも落としてある。廊下の防犯ミラーに映る自分の姿は眠そうで、制服のポロシャツの襟だけがきっちり立っている。

カウンターの受話器が点滅した。内線。

「すみません、19番なんですけど……隣からクリック音がずっとしてて」

高梨は謝意を述べ、ヘッドライト付きの点検用ペンライトをポケットに差し込んだ。巡回ルートを外れて席番号19へ向かう。廊下は細く、パーティションの上から蛍光灯が冷たく照らす。

19番の前で耳を澄ます。確かに、左隣から、規則正しいクリック音。だが、左隣のブース番号は「13」ではなく、14と表示されている。店のフロアはジグザグに並ぶ構造で、13という数字のブースは最近の改装で“番号を飛ばしている”はずだった。

高梨は一度カウンターに戻り、在席管理モニタをのぞいた。PC画面には各ブースの状態が色分けで表示される。空席は緑、利用中は赤。画面の右下で、「13」の枠だけが点滅する赤になっていた。

2. 在席管理モニタの「赤」

「田村さん、13番って、ありましたっけ」

休憩室から戻ってきた社員の田村が顔を出す。「改装前はあったけど、今は番号振り直しで12の次は14のはず。モニタのキャッシュじゃない?」

「でも、クリック音がするんです。14の中からじゃなく、壁の向こうから」

田村は苦笑して、マウスをカチカチと叩いた。「在席システム再起動してみる」

高梨は首を振る。「さっき落としました。赤の点滅、戻ります」

在席管理モニタの赤が、2:13で一瞬だけ連続点灯になった。その時刻に合わせるように、廊下の奥からカチ、カチ、カチと、一定間隔のクリック音。高梨はペンライトを握り直し、廊下へ向かった。

3. 個室13番

パーティションの角を曲がると、「14」の番号札の横、壁紙の色だけが微妙に違う一枚分の区画が目に入った。新品の壁紙の継ぎ目。そこだけ光をわずかに吸う。耳を近づけると、壁の向こうでマウスホイールを回す音がした。クリックが止まり、キーボードのEnterが一度だけ強く叩かれる。

高梨は14番の客に声をかけ、中から失礼してブース内を確認した。仕切り壁に耳を当てる。やはり、壁のさらに向こうから音がする。14番の床の奥、L字デスクの裏側に、微妙な“ふくらみ”。床面の点検口を開けると、冷たい空気が上がってきた。点検口の先は配線用の空間だが、手前側にだけ“新しい木板”が打ち付けてあり、空間がふさがれている。

「田村さん、これ、塞いでますよ」

田村が到着し、工具箱を持ってしゃがみ込む。新しい釘、うっすら白い粉。「改装の時に旧ブースの背面を潰して壁を立てた。だが…音がするのはおかしいね」

4. 録画に映る“入室しない入室者”

田村は一旦カウンターに戻り、防犯カメラの録画を巻き戻した。廊下の天井にあるカメラは、各ブースのドアの開閉を確認できる。

2:11、14番の客がトイレへ立つ。
2:12、廊下は無人。
2:13、誰も通っていないのに、画面右端にあるはずの見えないドアが「閉まる」音が、録音に入っている。

同時に、在席管理モニタの13が赤へ。戻ってきた14番の客は何も気づかず席に座る。クリック音は続いたまま。

「ドアセンサーの誤作動?」田村の声が上ずる。「でも、ドアがない」

高梨は録画の2:13を何度も再生した。画面の端、白い壁紙の継ぎ目の線が、ほんのわずかに波打って見える。“そこにあるはずの見えない『13番の扉』が閉まる”と考えれば、すべてつながる。

5. 退会済アカウント

高梨は在席端末の「利用履歴」画面を開いた。ブース番号のプルダウンを開くと、並ぶ数字の中に「13」はない。だが、検索欄に手入力で「13」と打ち込み、時刻を「2:00〜3:00」と絞ると、一件ヒットした。

ブース:13
入室:02:13
退室:—
会員名:退会済アカウント

高梨は喉が渇くのを感じた。退会済アカウントの詳細を見るには管理者権限が必要だ。田村がカードをかざす。そこに表示されたのは、三年前に強制退会になった会員の名前だった。長期延滞、設備破損、13番ブースでのトラブル。

「…三年前の改装で、13番、塞いだんだよ」田村は小声で言った。「番号飛ばしたのは、事故があったから」

詳細欄の備考に短く記されていた。

受付メモ:「個室の中にもう一つ個室がある」と主張。
その夜を最後に姿を見せず。

6. もう一つの13番

14番の点検口からの冷気は、配線用の空間だけでは説明できない冷たさだった。高梨は勇気を出して、壁紙の継ぎ目にペンライトを当てた。すると、継ぎ目の一部が薄く浮いている。爪を引っかけると、小さな覗き穴が現れた。丸い穴。新しいボードに最初から空いていたような滑らかさ。

片目を近づける。暗い。やがて、向こう側に青白いモニター光が見えた。同じ型の机、同じ型の椅子、同じ位置のペン立て。そして、その椅子に、誰かが背を向けて座っている。肩幅の狭い、黒いパーカー。右手がマウスを握り、一定のテンポでクリックする。

「…見えるんですか」背後で田村が囁いた。高梨は頷き、交代で田村にも覗いてもらった。田村は数秒で体を引いた。「同じレイアウトの13番だ。配線スペースにもう一室作って…いや、そんな広さはないはずだ」

穴の向こうで、椅子がわずかに回転した。画面の明るさが上がり、青白い光がこちらの穴まで伸びてくる。振り向く寸前の横顔が輪郭だけ見えた。その頬のラインは、写真で見た三年前の強制退会者に似ていたが、同時に――高梨自身の横顔にも似ていた。

覗き穴の縁が、内側からコツンと叩かれた。反射的に後ずさる。その瞬間、在席モニタの13の赤が消え、緑になった。

7. 夜明けと“自動清掃完了”

明け方、スタッフの引継表に「要点検:14番床下板」のメモを書いた。在席管理モニタ上では、13は表示自体が消え、再起動しても出てこない。廊下も静まり返った。クリック音は止んだ。

午前6時、早番のスタッフが出勤し、清掃チェックが始まる。カウンターのPOSレジに、自動アラートが上がった。

06:02 ブース13:清掃完了
担当:—(自動)

高梨は顔をしかめた。「田村さん、13は表示から消えてるのに“清掃完了”が上がってます」

田村は首を振る。「システム側の幽霊レコードだろ。昨日の事故履歴が…」言いかけて、田村は言葉を飲んだ。

昨日? 事故の備考に残っていた日付は、三年前だ。

在席モニタのログを遡ると、毎年同じ日、同じ時刻(02:13)にだけ、13が赤になっていた。そして、06:02に「清掃完了」。高梨は鳥肌が立つのを感じた。誰が、どこを清掃して戻っていくのか。

8. その後

その日の夕方、エリアマネージャーが来店し、14番の床下板は業者立会いで外された。配線スペースは図面どおり狭く、「もう一室」など存在しない。ただ、壁の内側に古い番号札が貼り付いているのが見つかった。黄ばんだプラスチック。数字は「13」

「昔のレイアウトの名残だよ」マネージャーは言った。「そういうのは全部剥がしてあるはずなんだけどな」

スタッフ用端末の利用履歴画面は、その日を境に「13」を受け付けなくなった。検索欄に「13」と打つと、入力自体が弾かれる。だが、2:13が近づく夜だけは、在席モニタの隅で、“存在しない赤”が一瞬だけ点る。点灯と同時に、カチ…カチ…というクリック音が、壁の向こうから数回。

高梨はその後もナイトシフトを続けた。在席確認の巡回で、14番の壁紙の継ぎ目を目で追う癖がついた。覗き穴は、その後ふさがった。別の業者が上から厚い板を貼ったのだろう。それでも、06:02の「清掃完了」アラートだけは、毎年同じ日に上がり続けている。

年末、システム更新で在席管理モニタのUIが刷新された。空席は緑、利用中は赤――その色分けは変わらない。ただ、新しいUIでは、番号のない席が、灰色の影として端の余白に描かれる仕様になったらしい。

ある夜、高梨はそれを見た。「12」と「14」のちょうど間、灰色の長方形が一つぼんやりと浮かぶ。その影の中で、赤い点が三回だけ点滅した。2:13。廊下の向こう、壁のない扉が閉まる音がした。

それから店は、番号を新たに振り直した。12の次を15にしたのだ。シフト交代のたびに新人へ説明する。「13はありません。14も飛ばしています」新人は決まって笑い、「ゲン担ぎですか」と尋ねる。

高梨は笑って頷く。「清掃が入るからね。6時2分に」

言い終えてから、いつもと同じ確認をする。在席管理モニタの片隅――番号のない灰色の上を、指先で一度だけなぞる。そこにクリック音の残滓が、確かに触れる気がするのだ。

もしあなたが深夜のネットカフェで、存在しない席の“清掃完了”通知を目にしたら、どうかスタッフを呼ばず、静かにその時間をやり過ごしてほしい。掃除の邪魔をしてはいけない。誰もいないはずの、個室13番の。


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