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距離更新:RUN HOME ×100

新ルールを決めたのは、視聴者じゃない。
通知だ。

HR 438ft(約133.5m)
走行距離:×100=43,800ft(約13.3km)
計測:2回裏 21:14

タイトルはこう変わった。
「某スターが打つたび“飛距離の100倍”を走る」。シンプルで、無茶で、バズった。

一本目から、妙なアカウントが張りついた。
@Seventeen17。公式より早く、数値を数桁まで出してくる。

「真距離:441.7ft ×100=44,170ft(13.46km)
方位:240° 角度:28° 開始:21:44」

「方位に合わせて走れ」「角度は階段で補正しろ」――コメント欄は指示書になった。冗談のつもりで、方位に合わせて夜の街を直線で貫いた。13kmの終点に、白いチョークでホームベースが落ちていた。撮影の小道具だろう。そう思った。

二本目。100倍は、距離だけじゃないと気づいた。時間の密度が増える。心拍は打球速度に張り付くみたいに上下し、空気が割れる音が遅れて届く。静かな住宅街で、プロの球場の乾いた音がするはずがない。

三本目。@Seventeen17は、開始時刻まで指定してくる。その分刻みの時間になると、ランニングアプリが勝手にオートスタートした。停止ボタンは灰色に固定され、走らない限り解除されない。そんな設定はない。

四本目から終点が施設になった。廃バッティングセンターの跡地。立入禁止のフェンス越しの野球場。火葬場の裏手。どこも、砂の上に小さくホームベースが描かれ、周囲だけ風が止まる。

五本目。100倍の距離を走り切るたび、スターのホームランは伸びた。平均飛距離、打球角、弾道。分析記事は「ここ一週間で前例のない伸長」と書き、コメント欄には「走行が距離を保証している」と並んだ。保証? 笑い飛ばしたいのに、笑えない。

六本目。過去ログを重ねた視聴者が気づいた。走行ルートを都市地図に置くと、巨大なダイヤモンドが浮かび上がる。一塁、二塁、三塁。そして、始点はいつも自宅前――つまり、ホームは自宅だ。

七本目の指示は、さらにおかしかった。

「区間:自宅玄関→寝室
距離:17ft ×100=1,700ft(約518m)
ラップ:100回 開始:2:39」

100倍でも短い。けれど廊下の床には、薄い白線がすでに引かれていた。玄関から寝室へ、直線。往復で一周。白線の角に小さな丸――ベースみたいな印が四つ。

八本目。屋外の13kmより、家の中の500mの方が息が詰まる。往復を繰り返すたび、ノックが混じる。一周目、ドアを三回。二十周目、六十回。数が増えるだけじゃない。ノックは、段々と自分の呼吸に重なっていく。スマホの画面には、毎周同じ言葉が出る。

「走行距離:達成」
「観客:増加中(×100)」

九本目。屋外のコースも続いた。
502ft ×100=50,200ft(約15.3km)。終点は川沿いの空き地。誰もいないのに、地面に外野フェンスの円弧が描かれている。円弧の内側に立つと、背中に追い風がかかった。風は、打球角に正直だ。首筋で、見えないボールが頂点を越えていくのがわかる。

十本目。配信を終えた瞬間に、@Seventeen17が固定コメントを置いた。

ホームまであと100周。
‘Home run’ は ‘Run home’ のことだよ。」

意味を考える前に、アプリが玄関→寝室のラップを自動で刻み始めた。玄関は静かだが、覗き穴の向こうで気配が膨らむ。一周、ノック三回。二周、六回。三周、九回。数はきれいに増える。二十周に達すると、六十回のノックが壁を震わせ、コメント欄は数字だけで埋まった。
「111/31/502」「×100」「供物」

八十周。足は鉛。白線は擦れてになり、靴底に貼り付く。廊下の角に置いたアクションカメラのレンズが、だんだん高い位置を向き始めた。誰も触っていないのに、画角が天井へ上がる。天井の中心に、球の影のような丸い暗がりができて、そこから見えないものが、落ちてくる気配がする。

九十九周目。ノックの回数は数えられない。音は歓声に変わり、玄関の外で何千という手のひらが、同じリズムで壁を叩いている。スマホが振動し、通知が弾けた。

「視聴者:×100
「角度:×100
最後の一周は“高さ”も合わせて

高さ? 視線が天井へ引かれる。丸い暗がりが、覗き穴みたいにこちらを覗き返す。そこに、夜空のライトが反射した。球場の光に似ている。たぶん違う。でも、は同じだった。

百周目。白線の粉は消え、床板だけがまっすぐに伸びている。玄関の向こうで、誰かが息を吸うのが見えるようだった。扉は動かない。代わりに、天井の暗がりが開く。落ちてくる何かに踏み潰される直前、スマホが最後の字幕を出した。

「RUN HOME ×100:計測完了」
「次の打球までお待ちください」

翌朝、そのスターの平均飛距離はさらに伸びた。スポーツ番組は、裏付けとしてどこからか入手した室内の走行ログを使い、「観客参加型の新時代」と持ち上げた。@Seventeen17は、短く書いた。

「ホームベースは増やせる。観客も、距離も、桁で増える。」

その夜、同じルールのチャンネルが×100に増えた。どの家の廊下にも、薄い白線が一本、延びている。ノックの回数が、静かな街区を満たしていく。玄関の覗き穴の向こうで、みんな同じ角度で、同じ高さの何かを待っている。


追記(運用メモ)

  • 本作は創作。実在の人物・団体とは無関係。
  • 読者参加促進:コメントで「100倍ルールの“本当の意味”」の仮説を募集。
  • タグ例:怖い話, ホラー, 都市伝説, 野球, ランニング。
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