夏の夜、南の低い空に「やかん(ティーポット)」のような形をした星の並びが昇ってきます。これが黄道十二星座のひとつ、射手座(いて座)です。
射手座の方向には、私たちが属する天の川銀河の中心と、そのど真ん中にある超大質量ブラックホール Sagittarius A*(サジタリウスA*)が隠れています。射手座は、単なる星座というだけでなく、「銀河の心臓部の方向を示すコンパス」としてもとらえることができます。
この記事では、一般の宇宙好きの方向けに、
- 射手座という星座の基本情報
- 日本からの見え方・探し方
- 天の川銀河の中心と Sagittarius A* との関係
- 神話・占星術としての射手座の位置づけ
- 観察・星空撮影のコツ
をやさしく解説します。
目次
- 1. 結論(要点)
- 2. 射手座ってどんな星座?
- 3. 射手座はいつ・どこで見える?
- 4. 射手座と天の川銀河の中心(Sagittarius A*)
- 5. 神話と占星術の射手座
- 6. 射手座を楽しむ観察・撮影のコツ
- 7. まとめ
- 8. 関連記事(宇宙シリーズ)
- 9. 出典・参考リンク
1. 結論(要点)
- 射手座は、南の空に低く現れる「ティーポット型」の星の並びが目印の夏の星座です。さそり座のすぐ東側に位置し、濃い天の川とセットで楽しめます。
- 射手座の方向は、天の川銀河の中心方向にほぼ対応しており、その中心には太陽の約 400 万〜430 万倍の質量を持つ超大質量ブラックホール Sagittarius A* があると考えられています。
- Sagittarius A* は地球から約 2.6 万光年の距離にあり、天の川銀河の中心にある代表的な超大質量ブラックホールとして、NASA などによる観測・研究が続けられています。
- 2022 年にはイベント・ホライズン・テレスコープ(EHT)が Sagittarius A* の「ドーナツ状の影」の画像を初めて公開し、「私たちの銀河の中心ブラックホール」を直接イメージとしてとらえることに成功しました。
- 日本では、夏〜初秋の深夜に南の低空で観察しやすく、暗い場所であれば天の川が「ミルキーウェイ」としてはっきり見え、その最も明るいあたりが銀河中心方向だと実感できます。
2. 射手座ってどんな星座?
射手座はラテン語で Sagittarius(サジタリウス) と呼ばれ、「弓を射る人」「射手」を意味します。黄道十二星座のひとつで、太陽・月・惑星が通る「黄道」上に位置しているため、星占いでもおなじみの星座です。
天文学的な基本的特徴は、次のようにまとめられます。
- 略号:Sgr
- 位置:赤経約 19 時前後、赤緯 −25° 前後を中心とした広い領域
- 星座の面積:約 867 平方度(全天で上位クラスの広さ)
- 代表的な明るい星:カウス・アウストラリス(ε星)、ヌンキ(σ星)など
古典的な星図では、上半身が人間・下半身が馬のケンタウロスが、東の方向に向かって弓を引いている姿で描かれます。しかし、実際の夜空では「半人半馬」の姿をイメージするよりも、明るい星がつくる「ティーポット(やかん)」の形を覚えてしまう方が探しやすいです。
このティーポットの「注ぎ口」の方向に、ちょうど天の川銀河の中心部があると考えると、射手座がなぜ銀河中心とセットで語られるのかイメージしやすくなります。
3. 射手座はいつ・どこで見える?
3-1. 見える季節と時間帯
日本(北緯 30〜45°)から見ると、射手座は主に「夏の星座」です。
- 見ごろの季節:7〜8 月(広く言えば 6〜9 月)
- 見やすい時間帯:21〜24 時ごろ(時期が早いほど深夜寄り)
- 方角:南〜南南西の低い空
同じく夏の代表的な星座であるさそり座(蠍座)の赤い一等星アンタレスを見つけ、その尾のあたりから少し東(左)側に目を移すと、「ティーポット」型の射手座を探しやすくなります。
3-2. 日本から見ると「低空の星座」
射手座の星々は赤緯 −30° 前後の南寄りに偏っているため、日本から見ると南の低い空すれすれに昇る形になります。そのため、次のような条件がそろうと、ぐっと観察しやすくなります。
- 南側が開けた場所(海辺・南向きの高台・高原など)を選ぶ
- 南方向に高い山やビルがない場所を選ぶ
- 湿度が低く、空気が澄んだ日を狙う(梅雨明け〜秋口が狙い目)
- 月明かりが少ない新月前後の夜を選ぶ
条件が良い夜には、射手座付近の天の川が濃く白く流れ、その中に無数の星や星雲・星団がにじむように見えてきます。
4. 射手座と天の川銀河の中心(Sagittarius A*)
4-1. 天の川銀河の中心方向を示す星座
私たちの天の川銀河は、棒渦巻銀河と考えられており、その中心には「バルジ」と呼ばれる膨らんだ領域があります。太陽系はそこから約 2.6 万光年離れた位置にあり、銀河の円盤の中を周回しています。
夜空で射手座の方向を見ると、私たちはこの「銀河中心付近」を見ていることになります。実際、天の川は射手座付近でもっとも明るく・濃く見え、この方向に星やガスが非常に密集していることが分かります。
4-2. 銀河中心ブラックホール Sagittarius A* とは?
天の川銀河の中心部には、強い電波源 Sagittarius A*(サジタリウス A*、略して Sgr A*)が存在しており、その正体は太陽の約 400 万〜430 万倍の質量をもつ超大質量ブラックホールだと考えられています。
- 質量:およそ太陽の 400 万〜430 万倍
- 地球からの距離:約 2.6 万光年(約 8 kpc)
- 位置:射手座の方向、天の川銀河の中心付近
この質量は、銀河中心付近を高速で公転する星(S2 など)の軌道を長年追跡し、その運動から重力源の質量を逆算することで求められました。その結果、「この領域のごく小さな範囲に、太陽数百万個分の質量が詰まっている」ということが分かり、ブラックホール以外の説明は難しいと結論づけられています。
4-3. EHT による「ブラックホールの影」の撮像
2019 年、世界各地の電波望遠鏡をつないだイベント・ホライズン・テレスコープ(EHT)は、M87 銀河中心ブラックホールの「ドーナツ状の影」の画像を公開し、大きな話題になりました。
続いて 2022 年には、同じ手法で天の川銀河中心の Sagittarius A* の画像も公開されました。画像では、ブラックホールの周囲で高温になったガスからの電波が「輪っか状」に再構成され、その中央の暗い部分が「事象の地平線の影」に対応します。この大きさからも、質量が独立に確認されています。
4-4. 最新観測:静かだがダイナミックな銀河中心
Sagittarius A* は、超大質量ブラックホールとしては比較的「おとなしい」部類に入ると考えられていますが、周囲のガスは数百万度まで加熱されており、ときおり強いフレア(短時間の明るさの増加)も観測されています。
近年では、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)などが、この銀河中心領域を赤外線で詳細にとらえ、「見かけ上は静かに見えるが、その内側ではダイナミックなガスの流入・流出が絶えず起きている」様子が少しずつ明らかになってきました。
射手座の方向に目を向けることは、「銀河の中心のすぐ近くで起きている現象」を、地球から遠く眺めていることにもつながります。
5. 神話と占星術の射手座
射手座は、ギリシア神話では賢者として知られるケンタウロス「ケイローン」になぞらえられることが多く、「知恵ある射手」として描かれます。半人半馬の姿で、毒矢をつがえた弓を東の空へ向けている姿が印象的です。
一方、星占いで「射手座の人」とされる期間は、おおよそ 11 月 23 日〜12 月 21 日ごろです。これは太陽が黄道上で射手座の方向にある期間をもとにしたもので、天文学的な星座の位置とはややずれがあります。
占星術では、一般に射手座は次のようなイメージで語られます。
- 探求心・冒険心が強い
- 自由を好み、束縛を嫌う
- 楽観的でポジティブ
- 哲学的・宗教的なテーマへの関心が高い
ただし、これらは文化的・象徴的な解釈であり、天文学上の「射手座そのもの」とは切り分けて考えるのがおすすめです。「夜空に見える星座」と「占いの射手座」は別々のもの、というイメージを持っておくと混乱しにくくなります。
6. 射手座を楽しむ観察・撮影のコツ
6-1. 肉眼・双眼鏡・小型望遠鏡での楽しみ方
射手座は、肉眼・双眼鏡・小型望遠鏡のどれでも楽しめる星座です。
- 肉眼:さそり座の尾から東側に、ティーポット型の星の並びを探します。周囲には白い帯状の天の川が流れ、「ポットから湯気が立ちのぼる」ようなイメージで眺めると分かりやすいです。
- 双眼鏡:射手座付近の天の川をゆっくりなぞるように動かすと、球状星団 M22 や散開星団など、星の集まりが次々に見つかります。
- 小型望遠鏡:星団や星雲を拡大して眺めると、星の密集やガスの淡い光がよく分かり、「銀河中心方向のにぎやかさ」を実感できます。
6-2. 星空写真の基本設定(入門者向け)
一眼レフ・ミラーレスカメラと三脚があれば、比較的簡単に射手座と天の川を写すことができます。
- レンズの焦点距離:14〜35mm 程度の広角〜標準レンズ
- 絞り:F2.8〜F4 くらいまでなるべく開ける
- シャッター速度:10〜20 秒程度(星が線にならない範囲で)
- ISO感度:1600〜6400 を目安に試し撮りしながら調整
南の低空は大気の影響や街明かりのかぶりを受けやすいため、できれば街から離れた暗い場所を選ぶとよいです。撮影後に、コントラストやホワイトバランスを少し調整すると、射手座付近の天の川がよりはっきり浮かび上がります。
7. まとめ
- 射手座は、夏の南の低い空に現れる「ティーポット型」の星座で、さそり座と並んで天の川が最も濃く見えるエリアを形作っています。
- 射手座の方向には天の川銀河の中心があり、そのど真ん中には太陽の数百万倍の質量をもつ超大質量ブラックホール Sagittarius A* が存在すると考えられています。
- 射手座を眺めることは、「私たちの銀河の心臓部の方向を見ている」というスケール感を味わうことでもあります。
- 夏〜初秋の新月期に、街明かりから離れた暗い場所で南の空を見上げると、射手座と天の川の壮大な眺めを楽しむことができます。
もし天の川銀河そのものについて、より詳しく知りたくなったら、関連記事の「天の川銀河とは?構造・中心ブラックホール・私たちの位置を総まとめ〖Sagittarius A*入門〗」もあわせて読んでみてください。
8. 関連記事(宇宙シリーズ)
- 天の川銀河とは?構造・中心ブラックホール・私たちの位置を総まとめ〖Sagittarius A*入門〗
- 宇宙の95%は「見えないもの」?ダークマターとダークエネルギー入門
- 重力波とは?ブラックホール合体が生む宇宙のさざ波入門〖LIGO・KAGRA・LISA〗
- 超入門『インターステラー』の科学:ブラックホールはなぜ“輪っか”に見える?
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9. 出典・参考リンク
- NASA:Black Hole Basics(銀河中心ブラックホールの質量や種類の概要)
- NASA:Supermassive Black Hole Sagittarius A*(質量・距離などの基本情報)
- Galactic Center – Wikipedia(銀河中心の位置と Sagittarius A* に関する情報)
- Event Horizon Telescope 公式ブログ:Astronomers Reveal First Image of the Black Hole at the Heart of Our Galaxy(Sgr A* の「初画像」に関する解説)
- 天の川銀河とは?構造・中心ブラックホール・私たちの位置を総まとめ〖Sagittarius A*入門〗(本ブログ内の関連解説)

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